中国感染症情報
北京駐在スタッフの随想
No.005 「ジカ熱と黄熱」
2016年5月23日
特任教授 林 光江
今年2月9日、江西省で中国初のジカウイルス感染症輸入症例が報告された。その後5月15日までに浙江省、広東省および北京市で合計18症例が、各省・市の衛生部門のホームページ上に都度掲載された(計17症例との記事もある)。
5月18日付けの報道によれば、ジカウイルス感染症が「全国伝染病情報報告システム」に新たに組み込まれることになった。今後の症例は中国国家衛生計画出産委員会によって統一管理され、他の法定伝染病とともに月に一度感染数が発表されることになる。近年このシステムに新たに組み入れられた感染症には、高病原性鳥インフルエンザH5N1、鳥インフルエンザH7N9人感染などがある。これから夏にかけて蚊の発生増加に伴い、ジカウイルス感染症例も増えることが予想される。それを見越しての措置であろう。
日本のニュースを見ていると、ジカ熱といえばすぐにブラジルを想起する。3月11日に感染が発表された愛知県の女性もブラジルに約2週間滞在していたそうだが、中国では若干事情が異なっている。2月19日から同26日にかけて浙江省で報告された確定症例は、フィジー・サモアへの旅行者3名とスリナムでの就業者1名であり、それ以外の14名はすべてベネズエラからの帰国者である。北京で確認された山東省の会社員はベネズエラへの海外出張だったが、広東省の感染者はほとんどが「華僑」あるいは「華人(中国籍をもたず、居住国の国籍をもつ中国系住民)」と発表されており、下は6歳から上は47歳までの居住者または長期滞在者である。そしてその多くが中国国内の住所を広東省江門市と報じられている。彼らの暮らしの詳細は公式発表だけでは分からない。しかし、ある地域のかなりの人数がまとまって、外国の特定の地域に移住しているという状況は、恐らくこの例だけではないだろう。中国の人々の旺盛な海外移動を垣間見た思いである。
これと同じような驚きを覚えたのが黄熱の症例だ。アンゴラでは今年年初から黄熱の感染流行が伝えられていたが、私にとって黄熱は野口英世のイメージしかなく、今の自分とは縁のない話のように感じていた。ところが中国では3月13日から4月1日にかけてアンゴラからの輸入症例が9件報告された。患者の出身地は浙江省、江蘇省、福建省、四川省で、年齢は30代から50代はじめ。ほとんどがアンゴラで出稼ぎ労働あるいは商売をしている人々のようだ。中国国内のニュースによれば、アンゴラでは3月31日までに疑い例1,501件、確定症例493件、死亡症例218件が発生。そのうち中国人の感染者は数十名、8名が死亡したと伝えられている。これを受けて中国は検疫部門の人員10名を現地に派遣し、4月3日までに、477名の中国人に対してワクチン接種を行い、35名に「黄熱予防接種証明書」を追加発行した。
アフリカとの往来が頻繁な国だけあって、感染者が多く、それだけ対応も早かった。広大な国土を持ちながら、さらに海外の広い範囲にも多くの自国民を抱える中国。その衛生管理の難しさは、同時に感染症流行発生時の対応力を磨くことにもつながっている。