今年1月に新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、その後全国的な拡大を迎えた中国では「戦疫(zhan yi)」という新しい言葉がよく使われるようになった。文字どおり「疫病と戦う」という意味であるが、もともとある「戦役」という言葉と発音が同じなので、受け入れられやすかったように思う。中国では「同音」あるいは「似た発音」の言葉を適所で使い分けることが好まれる。
中国で感染症と「戦う」という言い方は今回に始まったことではなく、私自身が経験したところではSARSが流行した2002〜2003年にも使われていた。当時は「抗撃戦」や「阻撃」といった言葉がよく見られ、どちらかと言うと食い止める、迎え撃つという意味合いが強かったように思う。
それに対して今回の「戦疫」は、もとの「役」という言葉が頭にあるからか、より積極的な戦いを思わせる。特定の戦士たちだけが戦うのではなく、一人ひとりが「役割」を担い、疫病との戦いに自ら積極的に参加すると感じるのは私だけだろうか。ちなみに娘の通う北京の大学では、学生は大学や所属学部へ毎日健康状態を報告しなければならないのだが、そのアプリに「雲戦疫」という名がついている。「雲」は「クラウド」であり、インターネットを通じて疫病と戦うという意味になる。
毛沢東は1927年に「政権は銃口から生まれる」と語り、農民を中心とした武装勢力を率いて国民党と戦った。その長い戦いを経て1949年に樹立したのが中華人民共和国である。国歌とされる「義勇軍行進曲」にも「敵の砲火に立ち向かって進め」とある。中国において「戦い」という言葉は、日本と比べより身近なものとしてあるのだなと思っていた。
ところが、次第に日本にも感染が広がる中、安倍首相が「ウイルスとの戦い」に何としても打ち勝つと呼びかけ始めた。感染者や死者の数は急増し、第一線の医療の現場はまさに戦場だった。その後、緊急事態宣言による様々な自粛が一定の効果をあげ、ようやく感染拡大が落ち着いてきたところであるが、効果的な治療法の確立やワクチンの実用化までにはまだ時間がかかり、この先も「長期戦」を覚悟するようにと言われている。日本でも「戦い」が身近なものになったのだ。
一方、同じ毛沢東に「送瘟神(おんしんをおくる)」という七言律詩が二首ある。「瘟神(おんしん)」は疫病を司る神で、「疫病の神を送り出す」となる。1956年当時、揚子江流域から南の地域にかけて猛威を振るっていた住血吸虫症の地域的制圧を讃えて詠んだものである。住血吸虫は、淡水に生息する巻貝を中間宿主として、人や牛に感染する寄生虫である。川や湖沼など淡水中で幼虫が人や牛の皮膚から侵入し、体内で成虫となり、産卵する。発疹、皮膚のかゆみなどに始まり、症状が進むと下痢や血便などを引き起こし、放置すると内蔵を痛め死に至ることにもなるという。
この詩の一首目では、古代中国の高名な医師「華佗」でさえ為す術のなかったこの虫(住血吸虫)のせいで、多くの村人が命を落とし、村々がすっかり荒廃してしまったことを嘆く。そして二首目で、全国の民が力を合わせ、神話上の名君「堯」「舜」にも比肩する英雄的な働きをもって疫病を克服し、美しい大地が再び戻ったことを讃える。最後に、人々は紙で作った船に火をつけ、ロウソクを灯して「瘟神」を送り出すのである。
中国は長い歴史の中で、度重なる疫病の流行に苦しんできた。湖南省の馬王堆漢墓で発掘された2千年以上も前の「前漢の貴婦人」も住血吸虫症に感染していたことが確認されている。また雲南省が発祥ではないかと言われるペスト、インドから入ってきたコレラ、南部ではマラリアが多くの命を奪っていった。感染症に対する治療法はほとんどなく、どこからかやって来た疫病の神が早く去ってくれるようにと祈ることしか出来ない時代が続いていた。今では医学や科学技術の発達により、感染症は「戦う」相手となったが、地方によっては今でも古(いにしえ)の「送瘟神」の行事が残っている。
医療従事者の方々は今この瞬間も第一線で「戦って」下さっているし、治療薬やワクチンの開発に不眠不休で臨んでおられる研究者もいる。またこの感染症で亡くなられた方やそのご家族にとってみれば、忘れることの出来ない厳しい戦いだったと思う。しかし、そろそろ「戦う」ばかりでなく、柔軟に受け止める思考の転換も必要なのではないだろうか。
これから先、世界的に第2波、第3波が予想され、長期の備えが必要になると言われている。決して神だのみを奨励するわけではない。しかし、完全制圧が難しいといわれるこのウイルスは我々の社会の中で避けようのないものと考え、受け入れ、やがて機が熟して「送り出」せるまで注意を払いながら待つ。一生活者としての我々にとって、こうした考え方をストレス緩和の縁(よすが)とすることはできないだろうか。戦いの中から生まれた現代中国。その指導者である毛沢東が詠んだ「送瘟神」に触れて、そんなことをふと考えた。