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北京駐在スタッフの随想

No.009 「鳥インフルエンザと中国の伝統料理」

2017年1月23日
特任教授 林 光江
 中国本土において、去る2016年12月のひと月で、鳥インフルエンザウイルスH7N9の人感染症例が106件報告された。11月中には全国で6件しか確認されていなかったものが一気に増えたため、各地の衛生担当部門は市民に警戒を呼びかけており、新聞やインターネット上でも関連記事が増えている。地域的な内訳としては106件の約半数にあたる54件(*注)が江蘇省で報告されているほか、浙江省20件、安徽省14件、広東省14件と、ふた桁代の症例数が続く。
 江蘇省、浙江省、安徽省はすべて「華東地方」と呼ばれる比較的気候の温暖な地域である。2013年3月末、中国・上海でH7N9ウイルスの感染者がはじめて確認されてからまもなく、上海と江蘇省、浙江省を中心に症例が増えていった。一方、亜熱帯の広東省では、2013年夏までほとんど見られなかった症例が、その年の11月に入ると徐々に増え始め、2014年春には中国で発症者の最も多い省となった。
 地方政府の管理体制が流行状況に与える影響は大きい。2013年前半に多くの患者を出した上海市では、その年6月、家禽・鳥類市場に関する厳しい管理規則を定め、翌年5月まで一年近く家禽市場を閉鎖した。その後も季節に応じて市場休業を行っており、今年も旧正月「春節」にあたる1月28日から4月末まで市場での取引禁止を命じた。こうした措置が奏功し、上海市での流行はコントロールされている。
 しかし江蘇省はというと、南京市や蘇州市など都市中心部では長期にわたって家禽市場を閉鎖しているものの、管理のゆるやかな地域へ行けば、生きた鶏を買うことは難しくないようだ。1月1日付けのニュースでも、南京市衛生部門の担当者が、H7N9ウイルスへの感染予防のため「死んだ鳥類には近づかないように」「生きた家禽を買わないように」と啓発する一方、「もしどうしても自宅で生きた鶏をさばく必要があれば、マスクと手袋をつけること」とも述べている。
 広東省では家禽市場に対し「1110制度」と称する基本的な管理指針を定めている。一日1回洗浄、週に1回大掃除、月に1回休業、一日の終りにはケージ内の家禽を0にする(ケージに家禽を残さない)という規定であるが、実際の具体的な管理方法については各市に任せている。例えば今年1月に入って症例の最も多い佛山市は1月16〜25日の十日間、市場休業を決めているが、広州市では1月から3月までの間、毎月16〜18日を休業とするのみである。上海市のように思い切った方策を取れないのは食生活の伝統とも大きく関係するようだ。
 広東省や香港には「無鶏不成宴」という言葉がある。人を招くのに鶏料理がなければ「宴」の体をなさないという意味であり、お客を軽視しているとも思われる。まして一年最大の祝いごとである「春節」に鶏料理を出さないなど考えられない。またその他の地域でも、旧正月に鶏料理を食べる習慣は根強く残っている。中国の標準語にあたる「普通話」で「鶏」と「吉」はともに「ji(ジィ)」という発音が似ているため、一年の「吉祥」を願って鶏を食べるのだそうだ。このほか「逢九一隻鶏、来年好身体」という言い伝えもある。冬至より数えて9日目から、9×2=18日目、9×3=27日目…、春に近づく9×9=81日目まで、冬には9の倍数にあたる日ごとに鶏を食べると、来たる年も元気に過ごすことができるという意味だ。
 日本でも正月のおせち料理には、無病息災、子沢山、豊作、出世、長寿など、いにしえの人々の願いがこめられている。近年はイタリア風おせちや中華風おせちなどがあって、伝統的なおせち料理の意味は昔ほど重視されていないように感じるし、かくいう私も長年日本でのお正月を過ごしていないため、おせち料理には長いことご無沙汰している。しかし伝え継がれた先人の思いは大事にしたいと思っている。
 中国では春節前から春にかけて家禽の交易が増え、里帰りや旅行で人の移動が増える。鳥インフルエンザウイルスを含むさまざまな病原体も活発化し、感染がおこりやすい時期でもある。こうした新たな脅威に対処しつつ、伝統的な文化を大切に残していってほしい。
(*注:江蘇省衛生計画出産委員会発表の件数。在中国日本大使館の発表では52件とされている)