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北京駐在スタッフの随想

No.029 「新型コロナウイルスパンデミックにおける北京の大学受験生と卒業生」

2020年7月28日
特任教授 林 光江

2020年6月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行収束を宣言していた中国の首都・北京で再び感染が始まった。中国国内でも最大規模といわれる食品卸売市場「新発地市場」が発生源と言われたが、詳細はいまだ明らかになっていない。徹底した疫学調査や隔離、大規模なPCR検査、重点地域の封鎖・移動制限などにより更なる拡大を抑えていき、最終的に、関連する確定症例は362名(うち他省での確定症例27名)、無症状陽性者38名にとどまった。7月5日を最後に新規症例が報告されなくなり、7月20日には「突発公衆衛生事件応急対応レベル」(以下「対応レベル」)を流行発生前と同程度に戻し、約40日間でいわば「首都防衛」に成功した。

こうした中、人生の節目というべき出来事を、例年とは異なる形で迎えた若者たちがいた。北京の高校に通う受験生と北京にある大学の卒業生である。

中国では2003年以降、毎年6月はじめに全国大学統一入学試験「高考(ガオカオ)」が行われてきた。しかし今年は年初からの全国的なCOVID-19流行拡大により、試験日程を一か月遅らせ7月7日からとすることが3月末に発表された。そのうち流行が最もひどかった武漢市を抱える湖北省と、首都・北京市では、独自に試験日程を決める権利を与えられ、最終的に北京市が、他省と同じ7月7日からにするという決定を下したのは4月12日。大学受験生にとってはやきもきする期間だったろう。

高校3年の彼らは本来2月から始まるはずだった新学期を自宅で迎え、授業はすべてオンラインで行われた。ようやく4月27日から高校3年生のみ登校が許可され、受験に向けた指導を教師から直接受けられるようになった。「高考」の14日前から試験当日までは自宅待機と決められたので、本来6月23日まではクラスメイトと共に教室内で試験準備に取り組むはずだった。ところが6月16日北京市が「対応レベル」を引き上げたため、翌日からの登校が禁止された。北京の多くの高校では16日夜保護者へ連絡を入れ、翌17日は本人でなく保護者に学生の私物や教材を取りに来させる所が多かったと聞く。突然、1週間前倒しで学校を去ることになった彼らには、友だちからの寄せ書きを募る時間もなく、顔を合わせて励まし合うこともできなくなった。教師は再びオンラインで受験指導を行った。

その後、北京市では「高考」に向けて厳重な管理と入念な準備が進められた。受験生には必ずしもPCR検査を求めなかったが、試験監督や警備などのため試験当日学校内に入る予定の者にはすべて試験7日前にPCR検査を受けることが義務づけられた。6月24日国家衛生健康委員会(厚生省に相当)は「2020年高考防疫関鍵措施(防疫重要措置)10条」を発出し、自宅待機中の検温、試験会場の消毒、座席の間隔、空調使用に関する注意、換気の仕方、検温体制、予備教室の設置、試験中の体調不良対応の方法などについて細かく定めた。関係者の尽力の甲斐あって、2020年北京市の「高考」は大きな混乱なく終了した。北京以外の地域の高校ではその後卒業式が行われたが、北京の高校では卒業式も「オンラインのみ」と決められた。学校で同級生と最後に集まる機会がなくなり、卒業写真がZOOM画面のスクリーンショットという所も多かった。

また北京の各大学でもこの時期に卒業式が予定されていた。中国の大学生は基本的に大学内の宿舎に住んでいる。しかし大学は1月からの春節休暇中に「帰宅/帰省した学生は許可なく大学宿舎へ戻ってはならない」という通達を出し、2月からの春学期は講義や試験、卒論指導すべてがオンラインで行われた。帰省せず大学内の宿舎に残っていた学生に対しても無断で学外に出ることを禁じ、人の移動を厳しく制限していた。許可をもらわず学外の郵便局に行ったある学生は、再度学内に入ることを許されず、帰省するよう指示された。教員が学内の彼女の部屋へ荷物を取りに行き、そのまま荷物とともに北京駅へ送り出されたという。

そのような徹底した管理を行う中、北京市教育委員会は5月末、卒業年度の学生に限り、6月10日以降順次大学へ戻ることを許可すると発表した。学生が集中しないように、それぞれが具体的な到着日を指定され、戻る前には地元でPCR検査を受けて陰性証明書をとることとされた。学生たちは学位服を着て卒業式に臨めると、自分の帰校日を心待ちにしていた。しかし6月16日の「対応レベル」引き上げによって、大学への帰校も突然中止となってしまった。故郷でPCR検査を受けた陰性証明書も無駄になり、北京へ向かう長距離列車に乗っていた学生は、途中下車して家に引き返す羽目になった。結局、6月末から7月初めに行われた学部や大学全体の卒業式には、大学内に残っていたわずかな学生と、運良く16日以前に帰校できた学生のみが、数カ所の会場に分かれて参加し、その他多くの学生はオンラインで画面越しに式典を視聴した。北京市出身の学生ですら、自宅にいたものは大学内に入ることは許されなかった。

このように北京でのCOVID-19感染再燃は、1月から始まった最初の感染拡大の時と同じように、力技で抑えこんだようにみえる。中国での感染対策の中には、私たちからみればプライバシーや人権を無視していると思えるものもある。しかし感染流行が依然として続いている日本の対策と比べ、どちらが良いという判断はできない。明らかなのは中国で2020年の受験生、卒業生が何度も計画の変更を余儀なくされたということで、例年の学生に比べて精神的な負担も大きかったことと思う。学生生活の心残りも多いだろう。親の世代として可哀想な気持ちになる。それは日本の学生についても同じである。しかし、これからの人生はまだまだ長い。彼らに明るい未来が開けることを心から願っている。