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北京駐在スタッフの随想

No.030 「中国の新型コロナウイルスワクチン」

2020年9月28日
特任教授 林 光江

9月中旬、中国中央テレビ局のニュース番組で、中国疾病予防管理センター(中国CDC)生物安全責任者である武桂珍(WU, Guizhen)氏が新型コロナウイルスワクチンについてインタビューを受け「早ければ11月または12月には一般の人も接種を受けることが出来る」と語った。14億の人口を抱える国としてはずいぶん早く生産体制が整うものだなという印象をもった。

中国では、新型コロナウイルス感染症最初の発生地である湖北省武漢市に全国各地から医療従事者を集めて感染を抑えこみ、日本の内閣にあたる中国国務院は6月7日新型コロナウイルス対策に関する『白書』を発表し、早くも感染制圧を宣言した。その後6月11日から北京で、7月16日から新疆ウイグル族自治区で、7月22日から遼寧省大連でそれぞれ地域的な(輸入症例でない)「本土感染」流行が発生したものの、それぞれ1か月程度で収束させている。また世界中でいまだ感染拡大が続く中、9月8日には全国規模の表彰大会を開いて、中国大陸での収束成果を国内外に発信したのである。

WHOによれば現在、最終段階の第三相臨床試験に入っている新型コロナウイルスワクチンは9種類あり、うち4種類は中国が独自に開発したものである。シノバック・バイオテック(科興生物)は南米ブラジルで、シノファーム(中国医薬集団)傘下の北京生物技術と武漢生物技術はアラブ首長国連邦、ヨルダン、ペルー、モロッコ、パキスタンなど10カ国で、それぞれ不活化ワクチンの臨床試験を進めており、カンシノ・バイオロジクス(康希諾生物)はロシアでウイルスベクターワクチンの臨床試験を行っている。

カンシノのウイルスベクターワクチンは6月に中国国内での第二相臨床試験が終了した後まもなく中国人民解放軍内部での使用が承認され、話題となった。また国有企業であるシノファームの不活化ワクチン2種は7月に中国国内での「緊急使用」が決まり、すでに数十万人に接種を行ったとの発表がある。対象は海外へ派遣される外交官、中国企業の海外駐在員、医療従事者、運輸・飲食等のサービス業従事者などである。そして冒頭に書いた「早ければ11月に一般の人にもワクチンを提供」との発言。ロシアを除けば他国では「2020年内の実用化は無理だろう」との報道を見聞きしていたため、中国のあまりに速いスピードに、安全面の問題はクリアになっているのか心配になるほどだった。

一方、中国CDC最高責任者である高福(GAO, FuまたはGeorge Fu GAO)センター長は相前後して「目下、中国国内では感染がコントロールされている状況なので大規模接種は必要ない」と述べ、「優先度の高いグループから段階的に接種を行う」ことを推奨していたので、今後中国CDCおよび政府内で適切に調整されていくことだろう。ワクチンはとにかく早く打てば良いというものではなく、GAO氏がいうように「リスクとベネフィットのバランス」つまり安全性と効果の程度を見極めることが重要である。

中国では接種を受ける側からワクチンに反対する声を聞くことはほとんどない。1980年代から乳幼児、小児に対する予防接種を全国的に展開しているので、一定数の副反応や後遺症などは起きているはずだが、そのような声が公式な報道にのることはほとんどない。特に今は、強い統制力によって新型コロナウイルスを封じ込めた国家に対する賞賛の声が大きく、国家の方針に反対意見を述べることは難しい。また多くの人は新型コロナウイルスワクチンの領域でも中国が他国に先がけて成果を上げることを期待していることと思う。ひるがえって日本ではワクチンの副反応に対して社会的に反対の声が大きくなり、接種が停止してしまうこともある。子宮頸がんを予防するためのHPVワクチンもその一つだ。

国ごとの事情があるため公になっている声のみを信用することはできないが、人々が反対を表明するしないにかかわらず、ワクチンに対する不安や不信感を抱える人は必ずいる。現場の治療や治療法・予防法の開発に時間を取られる厳しい状況の中であっても、そうした不安の声や不信感を受けとめ、正しい知識をもって解消してあげることも医療従事者や研究者の大切な役割だと思う。