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北京駐在スタッフの随想

No.032 「2020年の中国社会を映す言葉」
―中国版「新語・流行語大賞2020」

2021年1月28日
特任教授 林 光江

日本では毎年12月になるとその年の世相を表す「今年の漢字」や「新語・流行語大賞」が話題にのぼる。2020年はそれぞれ「密」、「三密」が選ばれ、その他にも「◯◯警察」「オンライン◯◯」「リモート」「アマビエ」など新型コロナウイルスに関連する言葉が多く取り上げられた。

中国でも同様に毎年12月になると新語や流行語のトップテンが発表されるが、その一つに「2020年中国メディア10大新語」がある。これは2020年1月1日から11月末までの中国国内主要新聞9紙、テレビ局20社のテレビ番組、インターネットニュースサイト4社の記事データ、合計約19億字について、コンピュータによる言語情報処理技術と人による確認作業を経て得られたものだそうだ。中国の主要メディアが注視した内容が表れていると言ってよいだろう。

中国でこの「メディア10大新語」に選ばれた10の言葉のうち以下の6つが新型コロナウイルス関連として報じられたので、紹介してみたい。可能な限り日本語の漢字に置き換えた。

新冠疫情

無症状感染者

無接触配送

方艙医院

健康碼

復工復産

まず、「新型コロナウイルス感染症流行状況」を意味する“新冠疫情”(注:以下、中国語は“”で囲む)。日本語ではかなり文字数を使うところ、中国語ではたった4文字で表している。“新冠”は“新型冠状病毒”(新型コロナウイルス)を縮めたもの、“疫情”は流行状況のことである。COVID-19は“新冠肺炎”と書かれることが多い。これまでになかった新しい状況も、少ない文字数で、まるで元からあった中国語のように表してしまう点には感心する。

“無症状感染者”は日本語と同じ、“無接触配送”は「非接触型デリバリー」。ともに説明の必要はないだろう。

“方艙医院”は「コンテナ病院」と訳される。“方艙”はもともと軍隊で使われる言葉である。「コンテナ」の中に指揮系統、通信、医療、兵站など用途に合わせた設備を積んで移動するものだ。医療用“方艙”は本来医療設備をしつらえた「コンテナ」で、それをトラックに載せ、地震などの災害発生地域に駆けつけて医療を提供するためのものである。2020年最も早く新型コロナウイルス感染症が流行した中国湖北省の武漢市でこの言葉が一般にも広く使われるようになった。武漢では増え続ける患者の治療のため、非常に短期間で“火神山医院”と“雷神山医院”という計2,500床の救急病院を建てる一方、比較的軽症の患者を収容するためにコンベンションセンターや体育館などを利用して“方艙医院”を市内十数か所に作った。写真を見る限り、多くの“方艙医院”ではベッドの間の仕切りは頭の側、一面のみである。ベッドの両側と足元には基本的に仕切りがないので、医療者と患者、患者同士のコミュニケーションが取りやすくなっている。薬や食事の提供もスムーズだろう。ただこれだけ開放的な空間設計はプライバシーを気にする日本人にはなじまないだろうとも思った。また“方艙医院”の運営のためには多数の医療従事者が必要となる。中国は国を挙げ、全国各地から医療関係者を武漢に集めたため運営が可能だったが、日本ではどうであろう。昨年秋ごろ日本財団が「災害危機サポートセンター」として軽症・無症状感染者用の療養施設を開設したが、実際使われたのかどうかについての報道は目にしていない。

“健康碼”はスマートフォンのアプリ「健康コード」である。アプリの申請登録時に健康状態や行動歴を登録すると、感染リスクが緑、黄色、赤のQRコードで表示される。これがないと中国国内での移動に支障をきたす。また居住地域内であっても、公共交通機関や商業施設を利用する際には提示を求められる。緑なら問題はないが、黄色、赤の場合は利用を制限される。昨年12月からは海外から中国を目的地とする旅客機への搭乗前にこの“健康碼”を申請し、PCR検査と抗体検査の陰性証明書をアップロードすることが義務づけられた。日本では個人情報を登録することに懐疑的な人が多いため厚生労働省の接触確認アプリ「COCOA」の普及率は20%程度という。“健康碼”のようにさらに細かな情報を登録することには懸念を示す日本人が多いだろう。

そして2020年を代表する「新語」の中で最も多く使われたのが“復工復産”だという。「職場復帰、生産再開」という意味だが、新型コロナウイルス感染症拡大で落ち込んだ経済を立て直そうと国が提唱した経済活動再開のスローガンである。驚くべきはその早さで、2月21日に開催された中央政治局会議で習近平が“復工復産”を提唱している。武漢市の都市封鎖が1月23日からなので、その後1か月も経っておらず、国内の移動制限も非常に厳しく、中国科学院微生物研究所にある東大医科研ラボの中国人スタッフも帰省先から戻ることが出来なかった時期にあたる。春節で帰省した後、都市部の職場へ戻れなくなっていた2億人ともいわれる“農民工”(地方の出稼ぎ労働者)を職場復帰させるべく専用列車を運行させるなどの措置も取られたという。

このように見てきて分かるのは、中国で行われた感染対策や経済活動再開計画が、中国独自の政治・社会体制のもとでのみ成り立つものらしいということだ。中国政府の強固な姿勢は、「感染対策と社会経済活動の両立」の間で揺れている日本政府とは対照的である。もちろんどちらが良いと比較できるものでもない。2021年はまだ始まったばかりだが、今年の年末には明るい話題の言葉がランクインすることを願っている。