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北京駐在スタッフの随想

No.033 「中国の国産ワクチン」

2021年3月25日
特任教授 林 光江

3月中旬、東京の中国大使館から出された通知が、中国と往来のある日本人の間で話題になった。「2021年3月15日から、中国国産の新型コロナウイルスワクチンを接種し、接種証明書類をもつ中国渡航ビザ申請者に対して便宜を図る」という内容だ。COVID-19感染拡大以降は渡航ビザ申請に必要な書類が増え、申請が難しくなったが、今回の通知の中には、業務で中国を訪れる場合、中国国産ワクチンを接種していれば流行以前の書類のみでよいというものがある。しかし現在のところ、日本では中国製の新型コロナウイルスワクチンを接種することは出来ない。「中国国産のワクチンを接種しない者はまだビザの申請ができないということなのだろうか?」「まさか中国製のワクチンを打てる国まで行けと言うのではないだろう?」など様々な意見が交わされた。また、これまで中国への航空便搭乗前に求められていたPCR検査と抗体検査の「ダブル陰性証明」は相変わらず必要だという。中国大使館の発表の意図はどこにあるのか、いまだ明確なことはわかっていない。

中国国産の新型コロナウイルスワクチン開発は今どのような状況にあるのか、振り返ってみたい。中国では今年2月末までに4種類のワクチンが条件付き承認を受け、市場に出ている。国営企業シノファーム(中国医薬:北京および武漢)による不活化ワクチン2種、シノバック(科興中維)の不活化ワクチン1種、カンシノバイオロジクス(康希諾生物)のアデノウイルスベクターワクチン1種である。そして最新の情報では、我々の連携研究室が置かれている中国科学院微生物研究所がジーフェイ・バイオロジカル(智飛生物)と共同開発した組み換えタンパク(サブユニット)ワクチンが新たに緊急使用を承認された。新型コロナウイルスのサブユニットワクチン臨床使用は世界初と伝えられている。このワクチンは昨年10月に第T相と第U相の臨床試験が終了、同11月から中国国内とウズベキスタン、パキスタン、エクアドル、インドネシアなどで第V相の臨床試験が行われてきた。製造にあたってバイオセーフティレベルの高い施設は必要なく、低コストで大量生産がしやすい。また保管や輸送も容易とのことである。今回承認されたこのワクチンを加え、現在計5種類の国産ワクチンが中国で使用を認められている。この他にも10数種のワクチンが臨床試験段階にあり、中国はまさにワクチン大国となっている。

中国国産ワクチンは自国内での使用だけでなく、すでに海外にも提供を始めている。3月初め時点で、53か国に「援助」、27か国に「輸出」として海外への輸送を行っている。国際的なワクチンの公平配分が問題となっている現在、自前でワクチンを準備できない開発途上国にとって中国は救世主ともいえるだろう。

同時に中国政府は海外に住む中国人に対する支援も積極的に行っている。3月8日、外交部の王毅部長(日本の外務大臣に相当)は海外に居住する中国人に対してワクチン提供を進める「春苗 (chunmiao チュンミャオ) 行動」を宣言した。農業プロジェクトかと見紛うような名称であるが、中国語でワクチンは「疫苗(yimiao イーミャオ)」という。春の季節にワクチンという、健康を守るための「苗」を在外中国人に届けるのだ。自国民が海外でもいち早くワクチン接種を受けて安心できるよう、関係各国に働きかけている。昨年COVID-19が世界的に広がり始めた頃も、中国はかなり早い段階から在外中国人に対する支援を開始した。我々の連携研究室からドイツへ留学した中国人研究者も流行拡大当初、在ドイツ中国大使館から届いたというマスクや漢方薬の写真をSNSに上げ、喜びを表していた。先の見えない不安な状況の中、自国政府からの温かい配慮が胸にしみたようだ。

3月11日国際オリンピック委員会のバッハ会長は「東京と北京のオリンピック・パラリンピックの参加選手にワクチンを提供すると中国から申し出があった」ことを発表した。このニュースを受けて日本政府は戸惑い、中国のやり方に拒否反応を示した方も少なからずいたようだ。政治が絡む問題でもあり、筆者に詳しい背景まではわからないが、一連の対応の流れを見てくると、さほど突飛な行動とも思えない。まして来年の冬季オリンピックは自国での開催。国や国民を守るための働きかけとしては非難されるものでなく、あとは参加国それぞれが対応を検討していけばよいことだと思う。

今回のサブユニットワクチン開発にも関わってきた高福博士(George F. GAO:中国疾病対策予防センター長、中国科学院微生物研究所教授)が昨年12月のインタビューで語っていたように、我々の競争相手はウイルスであって、ヨーロッパでも、アメリカでも、どこか特定の国や会社でもない。人類は対立するのではなく力を合わせて、ワクチンによる感染収束への道を進んでいかなければならない。