中国感染症情報中国感染症情報

北京駐在スタッフの随想

No.045 「中国の「黄牛」と医療機関の受診難」

2023年5月28日
特任教授 林 光江

新型コロナ対策の緩和とともに人々の行動制限が解除され、中国でも芸能鑑賞やコンサートなどさまざまなイベントが再開されるようになった。と同時に、再び姿を現してきたのが中国語で「黄牛(ホアンニウ)」と呼ばれるチケットの転売業者、いわゆる「ダフ屋」である。

チケット購入がオンライン化される前、「黄牛」は人を雇って券売所に並ばせ、多数入手したチケットを会場前に立って転売していた。その後インターネット販売が導入されるようになると、パソコン操作に詳しい人員が集められ、日々更新される技術革新に追いつき、追い越すようにと進化を続けている。例えばチケット購入のアカウント作成時に携帯電話でのSMS認証が必要になると、彼らは大量のSIMカードを購入してダミーのアカウントを作り、チケットを大量に購入する。また、高速で単純なタスクを繰り返す「bot」と呼ばれる機能を悪用して、チケット販売サイトに繰り返しアクセスし、瞬時にチケットを買い占めてしまう。そのため、一般のユーザーがようやくアクセスできた時にはすでに完売という状況も出てくる。このような手法は日本でも問題になったことがある。

「黄牛」の不正な行動を規制するため、イベント主催者が取り入れたのが「実名登録制」である。チケット購入の際、身分証明書を登録し、入場時にはチケットと身分証明書を提示しなければならない。しかし、この規制も「黄牛」の手にかかると簡単に突破されてしまう。「黄牛」によって大量の身分証明書が集められ、チケット購入者である「顧客」には、購入サイトに登録された身分証明書まで貸し出すというのである。「顧客」はイベントを楽しんだ後、身分証明書を「黄牛」に返却する。

中国で「黄牛」が現れるのはイベント会場だけではない。よく知られるのが病院前である。中国の病院では受診の前に「挂号(グアハオ)」と呼ばれる診察予約番号を取得しなければならない。診察予約券は医師のランクによって金額が異なり、若手医師の数元から、高名な専門家の数百元、数千元にまで分かれている。名医の予約は朝早くから並んでもほとんど手に入れることは出来ない。「黄牛」がさまざまな手段で診察予約券を何枚も買い占めてしまうからだ。「黄牛」は、高額なお金を出してでも手間を省きたい人、急いで受診したい人、良い先生に診てもらいたい人たちの弱みにつけ込むのである。

もちろん病院側も対策を講じてきた。数年前から診療予約受付機が設置され、電話、インターネット、スマホのアプリなどによる予約も導入されている。予約の際には身分証明書と医療保険カードも必要となる。北京協和病院など大都市の大きな病院では、すでに顔認証システムも取り入れているという。一見すると「黄牛」の介入は難しそうだ。しかし、昨年末、ゼロコロナ政策終了で陽性者が急増した時には、また「黄牛」が話題にのぼった。「黄牛」は独自のプログラムで病院の予約システムの予約枠を凍結させ、その間に自分の「顧客」の身分証明書や医療保険カードを使って予約をおさえ、さらに「顧客」に顔の動画を送ってもらい、それを加工することによって顔認証も突破してしまえるという。

OECDの調査によれば、中国の人口1000人あたりの医師数は2000年の1.2人から、2019年には2.2人へと増えている(2019年日本は2.5人)。この約20年で2倍近くに増えたことになるが、それでも大病院に患者が集中してしまうために医療体制のひっ迫が起きている。近年は外資系の、医療費が高額な医療機関も増えているが、中国の病院は多くが公立で、診察予約に値段の差はあるものの、同じ治療なら治療費はほとんど変わらないという。そんなこともあり、病気になったら少しでも良い条件の医療機関で、レベルの高い医師に診察してもらいたいと望む人が絶えず、全国から大都市の大病院に患者が集中するという事態が起こっている。それに加えて「黄牛」の介在によって、裕福な人とそうでない人とで、医療へのアクセスに関して不公平が生まれてしまう。

5月初めのメーデーの連休を過ぎてから、中国では新型コロナの新規感染者が増えつつあり、感染症専門家の鍾南山氏は6月末にピークを迎えるとの見方を示している。今後さらなる「受診難」が起こらないように、「黄牛」の活動を抑制しながら、医療資源の公平で効果的な配分を実現させる措置が必要となっている。