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北京駐在スタッフの随想

No.047 「中国における「サル痘」の流行」

2023年9月25日
特任教授 林 光江
注:「サル痘」というこの感染症の名称は偏見を生むという理由から、現在では「Mpox」、「エムポックス」、「M痘」などの呼称が通例となっているが、中国では依然として「猴痘」(猴=サル)を使用しているため、本稿では「サル痘」という表記を使用とする。

中国国家衛生健康委員会は9月20日から「サル痘」を法定伝染病の乙類に追加すると発表した。中国の伝染病予防法では、感染力や症状の重篤性などから、感染症を甲類、乙類、丙類の3種類に分類している。現在のところ甲類伝染病はペストとコレラのみで、乙類にはエイズ、肝炎、鳥インフルエンザ(高病原性と低病原性に分類)、肺結核、新型コロナウイルス感染症など27種の感染症が指定されている。

「サル痘」は昨年5月から世界的な流行が起き、同7月にWHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。しかし、今年5月には世界的な感染者数の減少を受けて、この緊急事態宣言を終了した。

一方、中国では今年6月から国内での流行が始まり、WHOの宣言解除と逆行するような動きを見せている。6月には広東省、北京市を中心に106件、7月には23の省(含む直轄市、自治区)で491件、8月になると25の省(同)で計501件の感染者が報告された。この3か月で1,000件を超す感染が出たことが「サル痘」を乙類伝染病に指定した主な理由と思われるが、注目されるのが8月に報告された501件のうち5件が女性だったということだ。これまで中国国内では感染者のほとんどが同性間性交渉歴のある男性だったが、今回新たに女性の感染者が確認されたことで、フェーズが変わったと見たのだろうか。5名の女性は21日間以内に異性との性的接触があったと言われているが、感染原因はまだ特定されていない。これまで、同性間性交渉のある男性群に焦点を当てていた中国政府の「サル痘」感染対策部門は、女性感染者の出現によって、今後家庭内などにおける子どもや高齢者への感染拡大を警戒しているようだ。

厚生労働省のWebサイト(*)では「エムポックス」の感染経路について次のように記載されている。

アフリカに生息するリスなどの齧歯類をはじめ、サルやウサギなどウイルスを保有する動物との接触によりヒトに感染する。 また、感染した人や動物の皮膚の病変・体液・血液との接触(性的接触を含む。)、患者との接近した対面での飛沫への長時間の曝露(prolonged face-to-face contact)、患者が使用した寝具等との接触等により感染する。

ここにもあるように、男女にかかわらず皮膚の病変や体液、血液の接触を通して感染する可能性がある。また中国では時折ペストの症例が確認されることから、「サル痘」ウイルスがネズミなどの齧歯類によって運ばれる可能性も否定できない。

HIV/エイズが当初、男性同士の性交渉のみによって感染すると誤解され、のちに感染拡大につながったことを考えれば、今回「サル痘」の乙類伝染病指定により、早い段階で女性や子どもにも感染の危険性があると周知することは理にかなっている。今後の推移を注視したい。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/monkeypox_00001.html