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北京駐在スタッフの随想

No.060 「夢のHIV予防薬」

2025年11月21日
特任教授 林 光江

12月1日は世界エイズデーである。エイズの原因となるのは「ヒト免疫不全ウイルス=HIV」と呼ばれるウイルスで、HIVに感染してもすぐには症状が表れないため、数年~10数年後に発症してはじめてエイズと気づくこともある。HIV感染を確認したら早めに治療を始める必要があるが、さらに重要なのは感染予防である。中国のHIV感染者は110万から140万人と推測され、大きな問題となっている。習近平国家主席夫人である彭麗媛氏が世界保健機関(WHO)の結核・エイズ対策親善大使を務めており、毎年この日にはHIV/エイズ対策の啓蒙・普及活動に参加している。国を挙げてのイベントともいえよう。

それに先立つ11月上旬、中国・上海で「第8回中国国際輸入博覧会」が開かれた。中国政府が主導する、中国への輸入に特化した展示会で、日本では日本貿易振興機構(JETRO)が取りまとめ役を務めている。今回この博覧会でアメリカの製薬会社ギリアド・サイエンシズがHIV予防用の「レナカパビル」、製品名「Yeztugo(イェズトゥゴ*)」を展示し、来年2026年初頭に中国で認可申請を提出予定であり、2027年には販売承認されるだろうと発表した。

「レナカパビル」はHIVの増幅を抑制する薬で、近年HIV感染症の治療に使用されている。治療用「レナカパビル」の製品名は「Sunlenca(シュンレンカ)」である。それまでのHIV感染に対する治療法は、3種類以上の抗ウイルス薬を組み合わせる「多剤併用療法」といって1日1回の内服薬がメインであったが、中にはその治療法で効果が見られない感染者や薬剤に耐性ができてしまう感染者もいる。「シュンレンカ」はそのような方に対し、一定期間の経口服用を経て適応と認められれば、その後は年に2回の皮下注射のみで効果があるとされている。「シュンレンカ」は日本でも2023年から販売が開始され、以前の治療法ではウイルスを適切に抑制できなかったHIV感染者に対する選択肢の一つとなった。

治療薬としての「シュンレンカ」と同じ有効成分である「レナカパビル」を、感染前の予防薬=PrEP薬としたのが「Yeztugo」である。PrEPとは、ウイルスに感染していない人が抗ウイルス薬を予防的に服用して性交渉等による感染を防ぐ方法で、Pre-Exposure Prophylaxis(曝露前予防投与)の略称だ。2024年7月の国際エイズ会議において「Yeztugo」がHIV感染リスクを99.9%以上減少するとの発表があり、WHOも今年新たなHIV予防のガイドラインに「Yeztugo」推奨を加えている。

そして今年6月、アメリカ食品医薬品局(FDA)が「Yeztugo」の製造販売を承認した。治療用であっても予防用であっても、毎日服用する必要がなく、年に2回の注射で効果を示す夢のような薬であるが、問題は費用の高さにある。アメリカでの「シュンレンカ」の定価は年間3万9千ドル、予防薬の「Yeztugo」は年間2万5千ドル程度と予測されており、簡単に手の届く価格ではない。

中国では治療薬としての「シュンレンカ」が今年承認されたところである。PrEP用途としての「Yeztugo」はまだ中国国内で申請段階にないものの、今年10月には海南省のパイロット地区「BOAO LECHENG国際ツーリズム先行区」において「Yeztugo」の使用が始まったと報道されている。冒頭のようにこの数年で「Yeztugo」が全国的に承認されれば、多くの感染者を抱える中国にとって大きな希望であるが、薬価の問題は経済大国・中国であっても同様に障壁となるだろう。国を挙げてHIV/エイズ対策に取り組む中国がどのように対応していくのか注目していきたい。

*注:現時点で「Yeztugo」は日本で承認申請がなされていないため、参照できる正式な日本語の文書が確認できません。「イェズトゥゴ」は正式な日本語名称ではないことをご了承ください。